鹿鳴館晩餐会の料理解説

鹿鳴館と晩餐会のメニュー

明治維新を経て開国した日本では、見よう見まねで西洋式の外交が強いられました。そういった国策の一環で作られた社交場が「鹿鳴館」という建物です。後に「華族会館」と改められTVドラマ「天皇の料理番」でも登場した建物です。

この建物の中で半ば国策で外国人に振る舞われた振る舞われたのはどのような料理だったでしょうか。外務省に残っているメニューからひも解いてみましょう。

1884年(明治17年)の天長節、要するに明治天皇の誕生日を祝う晩餐会のメニューです。
ちなみに鹿鳴館の晩餐会は外務省主催のもので、皇室主催で皇居の豊明殿で行うものとは別のものです。

鹿鳴館晩餐会メニュー

料理の説明

目を凝らしても文字が読み取れないと思えるかもしれませんが、こういう画像は必至に目を凝らすより、やや遠目のつもりでパッと見ると読めたりするものです。

メニューはフランス語と日本語で以下のように書かれています。対訳形式で併記します。

獻立
紀元二千五百四十四年
第十一月三日
Menu du Diner
du 3 NOVEMBRE 1884.
一 生蠣 檸檬 Huître au citron
一 羹汁 犢×製 Potage à la Windsor
一 魚肉 鯛蒸衣馬鈴薯 Tei au gratin sauce Colbert
一 獣肉 牛脊肉蒸焼洋菌製 Filet de bœuf à la Périgord
一 鳥肉 鶉蒸焼洋菜製 Cailles à la perle de céleris
一 仝 雉子蒸焼冷製 Aspic de filets de faisan
一 ポンシュ 洋酒氷製 Punch glacé
一 鳥肉 七面鳥蒸焼 サラダ Dindonneux rôtie - Salade
一 裁菜 青豆英吉利製 Pois gourmands à l'Anglaise
一 製菓 梅入菓製 Plum-pudding
一 氷製菓 加非入製 Crème glacée au café
Dessert
伯爵 大木参議 獻

全11皿の構成となっていますが、それぞれどのような料理か想像がつくでしょうか。

最初の料理はオードブルで、生牡蠣にレモン汁を絞ったシンプルなものです。オードブルとは先付けの事で、料理本体の準備ができるまで食前酒とともに食べる料理の事です。
それにしてそれが生牡蠣だけとはシンプル過ぎないかと思えますが、余り凝ったオードブルは作れなかったであろう事情はあるにせよ、生牡蠣はオードブルとして悪くはありません。

  • 羹汁 犢×製  Potage à la Windsor

続く料理はスープ(Potage)です。「羹汁 犢×製」の×は文字が読めなかったんのですが、「ウィンザースープ Potage à la Windsor」ですから犢(こうし)の脛や尻尾を示す漢字が「×」であるに違いありません。
ちなみに「羹汁」とはスープの事です。

  • 魚肉 鯛蒸衣馬鈴薯附 Tei au gratin sauce Colbert

次は魚介料理(Poisson)です。フランス語料理名を訳せば「鯛のグラタン ソース・コルベール」と言ったところ。ソース・コルベールとはルイ14世の宰相コルベールにちなんだソースで、バターにパセリ、レモン、胡椒等を練り合わせたものです。この料理に馬鈴薯、すなわちジャガイモを添えた料理のようです。

  • 獣肉 牛脊肉蒸焼洋菌製 Filet de bœuf à la Périgord

次はいよいよ肉料理です。「牛脊肉」は牛フィレ肉(Filet de bœuf)のことで「蒸焼」とはロティ rôtie(ロースト)の事でしょう。「洋菌」とはトリュフの事で、フランス料理ではトリュフで調味した料理を、しばしばその産地にちなんで「ペリゴール風 à la Périgord」と名付けます。おそらくはブラウン系のソースに刻んだトリュフを加えたソース・ペリグーなどが添えられていたのではないでしょうか。

  • 鳥肉 鶉蒸焼洋菜製 Cailles à la perle de céleris

次は鳥類です。この料理はフランス語名から鶉(うずら)のロティにセロリを添えた料理である事は分かりますが、残念ながら余り詳細には説明できません。

  • 仝 雉子蒸焼冷製 Aspic de filets de faisan

次の料理は冷製の鳥肉料理です。やはりフランス語名の方が料理の内容をよりよく表しているのですが、「雉フィレ肉のアスピック」です。アスピックとは鳥類が持つゼラチン質を生かした、日本で言うところの「煮凝り」の事です。
ちなみに日本語名にある「仝」は「同」のことで「鳥肉」を指しています。

さて、肉料理が3品続きましたが、これはメインディッシュではなく全て前菜、すなわち「アントレ Entrée」です。現在のフランス料理とは料理の順番がいささか違う事に気づいたでしょうか。現代では魚料理、肉料理があれば「フルコース」と呼んだりしますが、フランス料理が魚と肉で「フル」なはずなどありません。この晩餐会の料理でさえフルコースとはいいがたいのですが、それでも上記ようにフランス料理の中の各ジャンルを網羅するようにコースメニューを組み立てていたのです。

そしていよいよメインディッシュです。
が、その前の口直しを兼ねて、冷たい氷菓で食欲回復を図ります。それが「ポンシュ 洋酒氷製 Punch glacé」です。いまでは「グラニテ granité」と呼んでいます。
そしてメインディッシュ本体が「鳥肉 七面鳥蒸焼 Dindonneux rôtie」です。
Dindonneux とは若い七面鳥の事ですので、「若七面鳥のロティ」という事です。この時代のフランス料理のメインディッシュは必ずロティなのです。ただしアントレのロティとは違い、おそらくは丸のままローストして、恭しく会場に運ばれ、列席者に取り分けられたのでしょう。
それにしてもアメリカ原産の七面鳥の野性味には日本人は驚いたのではないでしょうか。

  • 裁菜 青豆英吉利製 Pois gourmands à l'Anglaise

さて、次はデザートかと思いきや「裁菜 青豆英吉利製 Pois gourmands à l'Anglaise」です。Pois gourmandsとは「さやえんどう」の事で、「英吉利(イギリス) à l'Anglaise」とは塩茹でにすること、要するにつまみの定番「枝豆」です。
当時のフランス料理は食後酒の習慣があり、そのつまみという事です。

  • Dessert

そしてデザートは2品。
「製菓 梅入菓製 Plum-pudding」すなわちプラムプディングと「氷製菓 加非入製 Crème glacée au café」コーヒー味のアイスクリームです。

全体感

全体通して如何だったでしょう。
今日のフランス料理とは構成や品数が違っていることは説明しましたが、主食材が偏っていることに気が付いたでしょうか。

獣肉を使ったのは最初のスープと牛フィレ肉のロティの2品で、魚介2品、鳥類は3品です。
これはおそらく当時の日本の食材事情を反映しての事でしょう。
メインの七面鳥は輸入品で、牛肉は国産だったと思いますが今の和牛のように質はよくなかったでしょう。鶉と雉は国内の野鳥、鯛も枝豆も勿論国産でしょう。

当時の料理人が制約の多い環境で創意工夫を凝らして本国のフランス料理に近づけようと努力している様子が思い浮かんできます。